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良寛のように・・・。 [つまらない]


みなさん、こんにちは。

今日はどーでもいいことを書きます。
だからパスしてくださっていいです。 あ~、もういきなり投げやりな
言い方でごめんなさい。 

最近・・じゃあないなあ・・もうかなり以前からもわもわしています。
もわもわって何よ? 何が原因なのよ?
それがわかりません。 とにかく何をやるにしても力が湧いてこない。
湧いてきてもほんの一瞬だけ。 陽炎のようなはかないヤル気。

わくわくしたいと思っても、それを探して右往左往してるつもりですが、
もう探すのも疲れちゃった。 そんな気分です。
だから新興宗教でもなんでも「元気なヤツ」が羨ましいなあ(笑)

良寛の詩のように・・・

一人で生まれ、一人で死に
一人で座り、一人で思う

そもそものはじめ それは知らぬ
いよいよの終わり それもまた知らぬ

転々するもの すべては空(くう)
空の流れの中に しばらく我がいる

まして是もなければ 否もないはず
 
そんな風に私は悟って
心ゆったりかまえている



・・・って風になりたいけど、私には無理無理。

最近、これこれって思った文章は、故池田晶子女史の・・・


「人はあらゆる思いこみによって生きている。 
その思い込み、つまり価値観は人によって違う。 
その相対的な価値観を絶対だと思い込むことによって人は生きる指針
とするのだけれども、まさにそのことによって人は不自由になる。 
外側の価値観に自分の判断をゆだねてしまうからだ。 

この意味では、イスラム過激派も自由民主主義も、同じことだ。 
自分で考えることをしない人の不自由は、まったく同じなんだ。 
人は思い込むことで自分を不自由にする。 それ以外に自分の自由
を制限するものなんて、この宇宙には、存在しない。」



・・・というわけで、私は昔から政治や宗教には興味がない。
興味があるのは、どうしたら自分から自由になれるか、だけだった。
で、池田氏は・・・


「自由になるためには、人は自分で考えなければならないんだ。
だから、思い込みこそが不自由だなんて、ここで言われたとおりに
思い込んでいるだけで、自分で考えることをしていないのだったら、
その思い込みの不自由はいつまでたっても同じなんだよ」

「あらゆる思い込みから自分を解放した精神とは、捉われのない
精神だ。 自由とは、精神に捉われがないことだ。 死の怖れにも
捉われず、いかなる価値観にも捉われず、捉われないということ
にも捉われない。 
何でもいい、何をしてもいい、何がどうであってもいいと知っている。 
これは絶対的な自由の境地だ。 
これはほんとうにものすごい自由なんだよ。」

「たとえば、想像してみるといい。 
死ぬという思い込みから解放された精神が、永遠に存在する宇宙
として自分のことを考え続けているといった光景だ。 
とんでもない自由だと思わないか。 

こんな自由は、やっぱり怖ろしくてたまらないから、多くの人は、
勝手知ったる日常の不自由に戻ってゆくのだろう。」

 
(以上「14歳からの哲学」池田晶子・著・・・の抜粋でした)
IMG_0001.jpg



ほんとにそうだなあ~と思う。 
自由になりたいのにね、自由からの逃走だ、ほんと。

じゃあどうしたらいいの? 
まあ自分で考えるしかないんですよね、ね、池田先生。 
もっと生きてて欲しかった・・・合掌・・・も、意味ないか(笑)

ということで、パスしないで最後までグダグダ文にお付き合いいた
だいたみなさんごめんなさい。 そして、ありがとうございました。
ときどき起こる発作だと思ってね(笑) 失礼しました。

それではごきげんよう。


なぞなぞ

アーノルド・シュワルツェネッガーのそれはいささか長め。

マイケル・J・フォックスのそれはちょっと短め。

マドンナには、それがなく、ローマ法王はそれをもう長年使っていない。

さて、それは何でしょう?







答え「苗字」


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ホタルの館

私も今日は思いっきり愚痴記事を書いちゃいました・・・。
by ホタルの館 (2009-11-17 13:58) 

ねりね

山下洋輔さんの昔のエッセイにこんなのがありました。

山下トリオ(初代)での旅のあいだの馬鹿話。
「フリージャズがあるならフリー教という宗教があってもいいだろう」
宗教である以上、教義や教典があるんだろう、それじゃフリーじゃないぞ。
「教義や教典があったりなかったりしますので好きにしてください」
集会はどうするのだ?決めごとがあるのはフリーじゃないぞ。
「x月x日に集会があったりなかったりするので、出たり出なかったり好きにしてくだい」

なにがなんだかわからなくて素敵ですね、こういうやりとり。

赤塚不二夫さんの漫画の主人公が、世界を破壊するようなことをやってしまってからつぶやく『これでいいのだ』にも自由を感じます。
現状のすべてを破壊することを肯定する凄みでしょうか。

わたしもtoyoさんと同年代なので、なんとなく感じる閉塞感というか憂鬱というか、そんなあれこれがわかるような気がします。
by ねりね (2009-11-17 21:39) 

たいせい

 私の場合、有る程度まで行くと「まぁ、いいやー!」「なんとかなるさー!?」となし崩しです。
 これだから進歩がないのですよね...。
by たいせい (2009-11-17 21:44) 

yanasan

あまり難しい事は考えない様にしています。
私の頭の中は何時も空っぽです・・・・笑
by yanasan (2009-11-17 22:45) 

福智山

池田さんの引用を読んでまず感じたのは、

何か宙に浮いているような、おそろしく観念的で
一面的な文章だな、

哲学者によくある、一種の秀才の頭の中だけの
論理的な遊戯というか言葉遊びみたいで、

日本の一部の知識人によくみられる、
いわゆる「社会音痴」「宗教音痴」的な思想論
――それは日本の「伝統文化」への自愛と結びついている
ことも多いような気がします――
の気味もあるのでは、

ということです。

たいへん失礼と思いますが、
率直に言ってそう感じました。

もちろん、私の思い込み、言い換えれば
感受性や視野の狭さゆえの感想かもしれません
ので、反論されて下さい。

以上のように感じた理由としては、

自由とは、いろいろな意味がありうるでしょうが、

重要な意味の一つとして、
単に「思い込み」や政治的・宗教的ドグマの反対物という
のではなく、

強い宗教的・非宗教的な信念に支えられつつ、他の思想
にたいして寛容である――ただし、寛容を否定する
狂信や相対主義とは厳しく対決する――、

といったものである、と思うからです。
そういう意味では、「宗教」――というよりは信仰――
と結びつくだろう、と。

たとえば、全体主義や硬直した社会主義などと
闘った抵抗者たち(宗教者、自由主義者や
ヒューマニスト、柔軟な社会主義等々)の思想の
中にはそれに近い人々がいたし、

私、個人はそういう思想に共感します。

歴史的にみても、無宗教や多神教の地で自由
が栄えたということはないのでは。
(放埒が栄えたことはあっても。)

西欧でも血で血を洗うような宗教戦争を経て、
また、後には社会の少数者(ユダヤ人、異民族、
イスラーム教徒、同性愛者等々)と多数派との
葛藤・衝突を経て、
自由と寛容が根づいてきたのではないでしょうか。

(もちろん、今でも葛藤やまた、揺り戻しは続いて
いて、9.11後のアメリカのような不寛容な動きも
ありますが、それに対する批判と反省――つまり、
自由と寛容の再確認――もまた起こっています)

また、
以上のような自由はそれを育み守る政治的・社会的
な制度や文化のセットなくして存続できないだろう、
からです。

もう一つ、「価値観に自分を委ねる」「思い込」む、というのも
一方的な決めつけに傾いていると感じます。

一般論としては何かを信じるとそうなりやすいでしょうし、
宗教や政治も腐敗・堕落・教条化しやすいでしょう。

でも、そのことだけを言い立てるのは一面的で、

価値観をそのように金科玉条視、硬直化させることへの
(自己)批判を含む価値観、というのも、

宗教にも政治思想の中にもあると思います。

反面からいえば、そもそも

個人の自由がなぜ大事なのか、また、
その前提として個人の人格になぜ価値があるのか、

という根拠は、たんに「とらわれないこと」に
ついての思弁からは出て来ないので、

やはり、何らかの「信念」が問われるのだと思います。

もちろん、それが教条化・硬直化する危険は
常にあるにしても。


以上のように思うところを書きましたが、

ここで頭に浮かんだのは、

他の記事でも感じられる、茂木様の自分自身を飾らずに
見つめ表現しようとする姿です。

そうした姿勢と池田さんの文章が共鳴したのかな、
と想像します。

すると、私の書いたようなことは、
「自分自身(の思想)への懐疑」の不足というか、
等身大の人間が見えずに、大きな話題ばかり
とりあげている、と感じられるのでは、という気が
します。

そういう面があるかもしれず、指摘していただければ
幸いです。



by 福智山 (2009-11-18 00:04) 

toyo

一真様

おはようございます。つまらない記事なのに
お付き合いいただいて恐縮しています。
nice! ありがとうございます。
by toyo (2009-11-18 08:43) 

toyo

takemovies様

おはようございます。
つまらない記事なのにお付き合いいただいて
恐縮しています。nice! ありがとうございます。

by toyo (2009-11-18 08:44) 

toyo

ホタルの館様

おはようございます。
おー、同類がいて良かったあ(笑)

人間ですものね、たまに発作的にアホに
なるのもいいでしょ、ね、ね。(笑)
私のもつまらない記事なのにお付き合いいただいて
感謝しています。nice! ありがとうございます。
by toyo (2009-11-18 08:48) 

toyo

ねりね様

おはようございます。
そして、アホな文にお付き合いいただいてほんとに
ありがとうございます。私も山下洋輔さん赤塚不二夫さん
大好きです。
そしてなんだかホッとしました。

>「x月x日に集会があったりなかったりするので、出たり出なかったり好きにしてくだい」
>赤塚不二夫さんの漫画の主人公が・・・『これでいいのだ』

こういうセンス、私も大好きです。
赤塚氏の凄みというか=ノンセンスの凄みをわかってくれる人は
少ないので嬉しくなりました。
きっと、ねりね様と私、同類かもね。あはは。

たしか「不思議の国のアリス」(アニメ)でも、○○記念日を
設けてはどんちゃん騒ぎしている国があって、しまいには
「何でもない日」記念日ってことにして毎日どんちゃん騒ぎ
・・こういうセンスは私、大好きです(笑)

ノンセンスって素敵なんですけどね。
ノンセンスに共感してくれる人がいっぱい増えれば、もっと
世界は住みやすくなるのになあ~って思いません?

素敵なコメントをありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

by toyo (2009-11-18 09:30) 

toyo

たいせい 様

おはようございます。

私なんか進歩どころか退歩、退化ですよ(笑)
まあぼちぼち行きましょう。
愚痴っぽい記事に付き合っていただいて感謝しています。
いつもnice! &コメントありがとうございます。
by toyo (2009-11-18 09:35) 

toyo

yanasan 様

おはようございます。
>私の頭の中は何時も空っぽです・

素晴らしい!いつも「空」ってことですよね(笑)
失礼しました。でもほんとはそれが最高だと思います。
素敵なコメントです。アホな記事に付き合っていただいて
ありがとうございました。
いつもnice! &コメントありがとうございます。

by toyo (2009-11-18 09:45) 

toyo

福智山 様

おはようございます。
無視されてしかるべき駄文にていねいな感想をいただいて
心から感謝しています。

>たいへん失礼と思いますが、
率直に言ってそう感じました。

・・そんなふうには全く思いませんよ。それどころか
発作的に書いたアホな文にまで付き合わせてしまって
こちらこそ恐縮しています。

で、えーと、困りました。シロアリのことならいくらでも
詳細に説明できても、おっしゃるように超「観念的」なこと
となると言語概念化能力の乏しい私としては不得手なもので。

たとえば・・
>強い宗教的・非宗教的な信念に支えられつつ、他の思想
にたいして寛容である――ただし、寛容を否定する
狂信や相対主義とは厳しく対決する――、

・・について私見ですが、果たして「強い信念に支えられつつ」同時に「他の思想にも寛容」であることがほんとに可能でしょうか?
表面的な可能を「装う」ことは「可能」でしょうが・・そしてそれが一般的には「大人の態度」だと思われていますし、またそうでなければ「社会が成り立たない」ので「必要な処世術」であるのも確かですが、それでもあえて言えば原理的には「欺瞞」とは言えないでしょうか?
「強い信念」じゃなく「透徹した信念・・もう信念とはいえないのですが」からなら「可能」だと思います。
たとえば、良寛の「まして是もなければ 否もないはず」という地平からなら「他の思想にも寛容であることがほんとに可能」だと思います。というかそれしかないと思っています。
で、私自身は恥ずかしながら到底「まして是もなければ 否もないはず」の境地にはたどりつけないので「もわもわ」しているわけなんです。

>たとえば、全体主義や硬直した社会主義などと
闘った抵抗者たち(宗教者、自由主義者や
ヒューマニスト、柔軟な社会主義等々)

・・・の「抵抗者たち」は、それはそれで立派だと思いますが、あくまで「発展途上の立派さ」であって「価値観に自分を委ねる」「思い込む」という点では「全体主義や硬直した社会主義者」となんら変わることはない・・と言ったら怒られるでしょうか?
私はそういう偉人を否定する気はないですが根源的には彼らの「立派さ」はあくまで「発展途上の立派さ」だと思っています。

>反面からいえば、そもそも個人の自由がなぜ大事なのか、また、
その前提として個人の人格になぜ価値があるのか、という根拠は、たんに「とらわれないこと」についての思弁からは出て来ないので、
やはり、何らかの「信念」が問われるのだと思います。もちろん、それが教条化・硬直化する危険は常にあるにしても。

・・・おっしゃることは至極ごもっともだと思います。
ただし「そもそも個人の自由がなぜ大事なのか・・その前提として個人の人格になぜ価値があるのか、」と言う前に・・・
「そもそも個人の自由は、ほんとに大事なのか?」「個人の人格には、ほんとに価値があるのか?」というところから検証(哲学)しなければならないと考えます。
でなければ、おっしゃるように・・「とらわれないことについての思弁」さえもできないでしょうね・・と、考えます。

・・・ということで切りがないので止めますが、
実は自由の問題ってパラドックスかもしれないんですよね。
私がもし真に自由になったらそのときは「自由という概念」さえ
まったく意識しない状態になっていると思います。
おそらく「良い意味」で「動物」になっていると思います。
私が動物・・とくに猫が好きなのは彼らの中に真の自由をみて
いるからなんだと思います。
でも、ネコはきっと「自由ってナンダニャア、人間ってヘンな
考えに取りつかれている厄介で変わった動物だニャア・・自由に
なるのなんて簡単なにのにね」
・・・なんて思っているかもしれませんね(笑)

福知山様のほうがバランスのとれた健康的な考え方をしていると
思います。私の発作的に書いた無責任な駄文にここまで真面目に
お付き合いいただいてほんとに申し訳なく、そして感謝しています。
ありがとうございました。

by toyo (2009-11-18 10:45) 

toyo

kurizo様

おはようございます。つまらない記事にお付き合い
いただいて感謝しています。nice! ありがとうございます。

by toyo (2009-11-18 16:53) 

toyo

みかんママ

アホな記事にお付き合いいただいて感謝しています。
nice! ありがとうございます。
by toyo (2009-11-18 16:54) 

toyo

plusgate様

愚痴っぽくアホな記事にお付き合いいただいて
感謝しています。
nice! ありがとうございます。

by toyo (2009-11-18 16:55) 

小父蔵

子曰、飯疏食飮水、曲肱而枕之、樂亦在其中矣、不義而富且貴、於我如浮雲

 人は、自分の信じる道を進むしかないと思います。
by 小父蔵 (2009-11-19 12:03) 

くるにあ

私もある種の 「違和感」 を池田氏の文章から感じたんですが既に
お書きになってらっしゃる方もいますね。 机上の空論・・・ というか
もはや氏の妄想にしか受け取れないのは私の勉強不足・・・? 

勿論、想像するのは氏の勝手ですが 「生」 と 「死」 は表裏一体。 
どちらかがなければもう一方は存在し得ない。 その時点でこの素敵
な案は崩壊してしまうのでは? まぁ妄想だからいいのか・・・ 

やはり 「今を生きる」 でいいんじゃないでしょうか。 明日目を覚ます
ことが無くてもそれでいい、と思えれば私は幸せです。 

by くるにあ (2009-11-19 14:28) 

toyo

小父蔵 様

つまらない記事にお付き合いいただいて感謝しています。
>人は、自分の信じる道を進むしかないと思います。

おっしゃるとおりだと思います。
それなのにグダグダみっともない戯言を書いてしまって、
それにまでお付き合いいただいてありがとうございます。

nice! &コメント、ありがとうございます。

by toyo (2009-11-21 12:23) 

toyo

くるにあ 様

いつも駄文にお付き合いいただいて
ありがとうございます。

>やはり 「今を生きる」 でいいんじゃないでしょうか。 
明日目を覚ますことが無くてもそれでいい、と思えれば私は幸せです。

私は「今を生きていない」みたいです(笑)
ほんとにそう思えたらなんていいんだろうと思います。
みっともないグダグダ文にお付き合いいただいてほんとに
すみません。nice! &コメントありがとうございます。

by toyo (2009-11-21 12:32) 

toyo

ぶすねこ様

アホな記事にお付き合いいただいて感謝しています。
nice! ありがとうございます。

by toyo (2009-11-21 12:33) 

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